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「何しに来た?」
「どういふことです、わたしにはさつぱり――」
かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、
「いゝえ、なんの。おれんとこへなんか。――あんたは忙しい身だもの」
「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」
「もう着てみましたか」
房一には連れが二人あつた。
「去年はなかつたんですよ。何でも博労ばくらう同士のうちわ揉もめがあつたとかでね」
房一の竿に最初のやつが掛つた。
あたりには急に殺気立つた空気が感じられた。恐らく、暗やみで途惑とまどひし、右往左往したやり場のない興奮がはけ口を見出しかけたからだらう。男は、はじめの滑稽な様子にひきかへ、今案外な落ちつきと鋭い怒気を見せていた。多分、たゞならぬ空気を察したのだらう、構内ではいつのまにか焚火が消され、高張提灯も取り去られて、柵をへだてて二人の男が対峙している所にだけ一つ残つていたが、下方ではしだいに持込んで来た提灯のためにかへつて前とは逆に明さが行きわたり、土手に肩をいからして立つている男を下から照し出していた。
彼は自信を失つた。それにこの苦痛と動揺は明らさまに説明しにくい、説明したところで判つてもらへない種類のことだつた。房一はそれを盛子の妊娠の揚合にも経験した。
「何んにも訊かんといて下さい。ちよつと間違ひが起きたんやで、――それは、後でお話しますわ――とにかく、手当を頼みます」
と、相沢は口ごもつた。